それがちょっとの搾取ならば
これは映画化されている話。しかし映画に私は出てこない。
修士1回生の時に、P.M. 6時過ぎに、その日は私が一番最後だったため研究室に鍵を掛けた後、階段方向に廊下を歩いていたところ、研究室の1年先輩のマイコンクラブの部長(以下、halさん)がちょうど研究室に来るところに出くわした。
私が「今ご出勤ですか?」と嫌味をかましたが、halさんは意に介さず「今日、ソフトハウスでプログラミングの仕事を頼まれて、1日働いて、取っ払いで1万円もらった。おごってやる」と上機嫌だった。
当時は既にバブルは終わったものの、まだ本格的にはデフレには入っておらず、しゃぶしゃぶ食べ放題が4,980円(税込)の時代だった。私は心の中で「やったー! しゃぶしゃぶ食べ放題だー!」と喜んだ。
が、halさんは「1万円で、マクドナルドの100円のハンバーガーを100個買う」と言った。
私は素に戻って、たぶん「へっ!?」って言ったと思う。
実はその時、マクドナルドのハンバーガーが初めて100円になった時であり、しかもそれは、数週間後には120円(税込)に戻るという期間限定のセールだった。時代は確実にデフレへと向かっていた。
halさんはその理由を私に話していたが、その間、私は頭の中でマクドナルドのハンバーガーを、1個、2個、3個と食べるシミュレーションをして、「3個食ったら腹いっぱいだな。4個食ったら逆に気持ち悪いかも」と思った。
当時私は実家から通っていた。いくらhalさんがおごってくれるとはいえ、ここは家で母の手料理を食べたほうがマシだと判断し、まだ何か話しているhalさんに対して「お話聞いただけでお腹いっぱいになりましたー!」と無理やり話を切り上げ、「おい! ちょっと待て!」と呼び止めるhalさんを無視して帰宅した。
翌朝、NHKの朝の連続テレビ小説「走らんか!」を観てから家を出た。朝の連続テレビ小説は通常半年放映されるものだが、「走らんか!」は肝いりで1年間放映されるスケジュールとなっていたものの、9月を折り返した時点で過去最低の視聴率となっており、テコ入れとしてヒロインが突然海外留学に行ってしまうという事実上のリストラが行われ、準ヒロインだった菅野美穂さんがヒロインに格上げされるという大なたが振るわれていた。「走らんか!」は平成ガメラ三部作を撮った金子修介監督で、美少女の撮影に定評があったため、「むっちゃ可愛く撮れた菅野美穂が見れるのではないか」という希望的観測がネット上でも交わされていた。しかし、しばらく観続けたものの「むっちゃ可愛く撮れた菅野美穂」の場面は全然なく、「金子修介監督のストライクゾーンより高めなんじゃね?」と思ったので、もう観るのをやめようと思った。
なお、私はロリコンじゃない。確かに金子修介監督の『学校の怪談 3』の前田亜季さんの可愛さにキュンキュンしてしまったけど。
現実では、ごく最近までは身長160cm以上の女性でないと何とも思わない体質だったから。いや本当に。
研究室に着くと、昨日はP.M. 6時過ぎに研究室に来てたhalさんだったが、その日は既に研究室に来ていた。もしかしたら、halさんより後に研究室に着いたのはこれが最初で最後かもしれない。もう「走らんか!」なんか観てないでちゃんと勉学に励もうと心に誓った。
halさんはあからさまに不機嫌そうだったので、目を合わさないようにして「おはようございます」挨拶しつつ横を通り抜けようとしたが、halさんに「おい!お前!」と呼び止められた。「走らんか!」を観てたせいでこんな目に合うとは、と思いつつ、halさんの方に向き直った。
halさんが「お前、何で昨日帰ったんだ!」と言ったので、研究室に来るのが遅くて怒られているのでは無いとは分かったが、頭の中が『エコエコアザラク -WIZARD OF DARKNESS-』の時の菅野美穂さんの映像で一杯だったため、一瞬、halさんが何の話をしているのだかつかめなかった。
やっと昨日の事を思い出して「もしかしてあの後、一人でマクドナルドに行ったんですか」と尋ねると、「行ったよ」とのこと。
「え!? 一人でハンバーガー100個買ったんですか!?」と尋ねると、そこからhalさんの話は止まらなくなった。
hal「買ったよ。そしたらさー、店員が「こちらでお召し上がりですか」って言うんだよ。一人で100個食えるわけ無いだろ!」
私「でも、1人で100個持てないでしょ?」
hal「100個焼き上がるまでの間に携帯でサークルの後輩を呼んで、手分けして持って帰った。それで、教養の講義棟の講義室でみんなで食べた」
hal「そしたらさー、後輩の一人が勝手に「早食い競争」とか言い出して、勝手に盛り上がった挙げ句、優勝者がオレに「賞品なんですか?」って言ってくるわけ。でも、それは後輩の奴が言い出したことだから「オレは知らんし、言い出しっぺのやつに何かもらえ」って言ったの」
hal「で、最後に「食った数だけ100円払え」って言ったらブーブー言い出して、それでも回収したら300円足らんのよ」
ということで、怒りの原因は300円足らないことのようだったが、確か昨日、私は「おごってやる」って聞いたはずなのだが。
しかし、早食い競争の勝者は、何にも賞品がないばかりか、食べた数だけ金を払わないといけないなんて、なんかみじめだ。
その時点ではまだ映画化されるような事態になるとは思ってもみなかったため、行かなくって良かったと思っていた。
かくして数日後、マクドナルド百万遍店は臨時休業となり、程なくして閉店となった。
一旦、私が頭の中でハンバーガーを、1個、2個、3個と食べるシミュレーションをしていた時に時間を戻します。
その時halさんは次のような話をしていた。
「知っての通り、マクドナルドのハンバーガーはセール中で100円(税込)で売られている。原価率はかなり高いと思われる。人件費を考慮すれば採算ギリギリかもしれない」
「で、人件費に着目すると、残業代を出さなければならない事態になれば、赤字に出来るのではないかと思うんだ。閉店(当時はP.M. 7時)間際に行けば、厨房は既に閉店作業に入っているだろう。たぶん、鉄板の火は落とされている。そこに大量の注文が入ると、再度、鉄板を温め直す所から始めなくてはならないだろう」
この話については、マクドナルドに親を殺されたわけでもあるまいし、何が面白いのか分からなかった。少々赤字になっても、マクドナルドは大きな会社だから屁でもないだろうと高をくくっていた。
後の新聞報道によると、ていうか新聞沙汰になってるんですよ、この話。
結局、マクドナルドのアルバイトに対しては残業代が支払われたが、店長は管理職だからという理由で残業代が支払われなかった。これを不服に思った店長らが残業代の支払いを求め、マクドナルドを相手取って集団訴訟を起こした。
マクドナルド側はこれを受けて、舞台となった百万遍店を臨時休業としたのち、閉店とした。
この裁判はかなり注目度の高いものとなり、「みなし管理職」という言葉を生むことになった。
ということで、話の着地点が思わぬところに行ったと思うけど、タイトルで予告してたんだから察してよ。
もっと力強い生活をこの手に (2019/10/30 追記)
このhalさんは実は学部時代にも一騒動起こしていて。さすがマック赤坂の後輩。吉野彰さんがノーベル化学賞を受賞した記事にはどこにも「あのマック赤坂氏と同じ石油化学科」とは書かれていなかった。(そりゃそうだ)
halさんが学部生の頃、西部学生食堂が大幅に改装されることになり、学生生協の仮店舗にて、新しい西部学生食堂の愛称を募集するアンケートをしていた。
するとhalさんは「西部食堂は西部食堂でいいじゃん。なんで変えるの?」と言い出した。
そこでhalさんはマイコンクラブの部員を動員して、アンケートに"西部食堂"と書いて投票するようわざわざビラを撒いて呼びかけた。
うちの学生も大半がどうかしているので、アンケートの集計結果はぶっちぎりで「西部食堂」になった。のだが、学生生協は「3位に入った Runeに決まりました!」と発表。なんじゃそれ、である。正直、Runeがどこから来たのかが分からなかったので、私も唖然としたのを記憶している。
後日、私がhalさんに「あれって、ルネって呼んでいるけど、綴はルーン文字の"ルーン"ですよね」と言ったのだが、halさんは興味が無い様子だった。
