長い悔恨の時経れば 夜は 悪夢の濁醪 醸すとか

私はかつて大学で「バイオプロセス工学」なる単位を取得している。「バイオプロセス工学」はそれよりもずっと以前は「発酵工学」という名前だったらしい。なお、私の大学の同級生には味の素や協和発酵バイオの工場や研究所で働いている者もいる。
で、その講義の初回の冒頭にて教官が次のような問いを投げかけた。
「発酵の反対語は何か知っていますか?」
とくに生徒に当てて答えさせるわけでもなく、教官は話を続けた。
「発酵の反対語は"腐敗"です」
教官いわく、「発酵」も「腐敗」も細菌の働きによるものである。そして、人間にとって都合のいいものが「発酵」であり、人間にとって都合の悪いものが「腐敗」である、と。

話が逸れますけれども、古代ギリシャ人のプロタゴラスが「人間は万物の尺度である」と言っている。
これはつまり、「大きい」とか「小さい」とか「最近」とかは話者の印象に左右される表現で、絶対的な表現ではないということを言っている。
「発酵」と「腐敗」の区別は、その最たるものであろう。細菌からすれば、そんな区別は知ったこっちゃないだろう。

閑話休題
で、普段から引っかかっているのは、無邪気に「発酵食品は体に良いんです」と言っている人たちである。
その発言自体は正しいことを言っている。人間に都合の良いものを「発酵」と呼んでいるのだから、体に悪いものであればそれは「腐敗」となるからだ。
そういう人たちはおそらく、発酵のそのすぐ隣りに「腐敗」があることを知らずに生きているのであろう。そこまで考えて「発酵食品は体に良いんです」と言っている訳ではなかろう。

発酵は普通の化学プロセスよりも難しい。細菌は生き物である。酵母を殺すような事をすると反応は続かない。しかし、発酵のすぐ隣りに「腐敗」がいる。一度ひとたび雑菌が紛れ込めばおしまいなのである。

聞くところによると、小林製薬は今回の紅麹が自社製品としては初めて"発酵"の工程を含む商品だったという。今回の事態は経験不足によるものであろう。
今回の事態を他山の石として、自家製ヨーグルトとか、自家製甘酒などを作っている人は考えを改めたほうが良い。発酵のそのすぐ隣りに「腐敗」がある。健康に良いと思って始めたことで、健康を害する羽目にならないように。